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2006年8月29日 (火)

響橋(ひびきばし)

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  国道1号線(第二京浜)にかけられた響橋(ひびきばし)、通称「めがね橋」である。鶴見区のほぼ中央に位置している。
 昭和16年に開通した響橋は、昭和15年に開催される予定だった東京オリンピック(日中戦争のため中止)に合わせて造られたものだ。巨大で優美なアーチと、その両脇の深い切り通しを見上げると、これが今から70年前に行われた工事であるかと改めて驚かされる。炎天下、聖ヨゼフ学園の生徒達がその傍の歩道を歩いて行くのが見えた。いつか彼らが大人になったときに、毎日通ったこの橋を懐かしく思い起こすのであろう。(絵:高さ13メートル。幅48メートル。鉄筋コンクリートモルタル仕上げ。橋の上が臨港バス、下が市営バスの運行ルートである。)

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2006年8月24日 (木)

カスケードビール工場跡

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Photo_35   新鶴見橋からみえるカスケードビール工場跡である。「カスケードビール」を売り出した日英醸造は、昭和3年寿屋(現サントリー)に買収され、昭和5年「オラガビール」という新ブランドのビールを売り出した。しかし売り上げ不振により数年で販売は中止され、サントリーは一時ビール業界より撤退。かつての工場は現在全く別の企業が所有しているが、事実上「廃墟」に近い状態のようだ。
 非対称でレトロなデザインが大変めずらしい。本来もっと見栄えのする建物のはずだが、放置された外壁の痛みが激しく、周囲の倉庫やマンションに埋もれてしまうかに見える。JR鶴見線の国道駅でも感じたことだが、鶴見区内には昭和の息遣いが感じられる史跡が多く残っているのに、今ひとつ有効に活用されていない。この工場跡は廃墟マニアの間ではよく名前の挙がる建造物らしいが、やはり建物は有効に使われてこそ生きるものだ。
(昭和5年の鶴見区明細地図。当時は第二京浜が通っていなかったので新鶴見橋もかかっていなかった。川沿いの工場では鶴見川を使ってビール瓶などを運搬していたが、同時に洪水にも悩まされた。)

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2006年8月17日 (木)

獅子ヶ谷市民の森 西谷(にしやと)広場

Photo_26  獅子ヶ谷(ししがや)はもともと鶴見区の丘陵地帯の農村である。「西谷(にしやと)」という広場の名も、江戸時代以前の字名で、何軒かの農家がこの場所に存在していたらしい。この広場に下りるための草深い階段も、もとは農民達の近道であったという。この「獅子ヶ谷市民の森」は地形があまりに急斜面なため宅地開発しづらく、結果的に公園として市民に開放されたものではないかと思われるが、そのためにかえって獅子ヶ谷の原風景を切り取ったように残してくれている。(絵は西谷広場の西谷戸池。地下水をポンプで汲み上げた人工の池である。この地域の地下に堆積した有機物の影響のため、水は茶褐色をしている。)

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2006年8月 9日 (水)

電気の史料館

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 江ヶ崎町にある「電気の史料館」は、東京電力(株)の技術開発研究所に併設された博物館である。日本に電気が持ち込まれてからの120年の歴史をたどるように「実物大の電力設備」だけが展示されている。その展示品群の巨大さは、見た人に強烈な印象を与える迫力がある。
  我々は身近に存在する電力設備を、普段ほとんど意識的に見ることはない。電気は現代生活に不可欠なものだが、その電気を生み出し送り出してきた設備に対する知識は生活する上で必ずしも必要なものではないからだ。しかし必要なものではないからといって「知らなくてよい」ことでもないのである。この博物館はある意味大変マニアックで個性的であるが、存在することの意義が感じられる施設である。(絵は旧千葉火力発電所1号タービン発電機。全長23メートル。写真は夏休み展「録音・再生の歴史を知ろう」にて展示されている蓄音機。夏休み展は8月31日まで開催)

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