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2007年3月21日 (水)

末広橋からの風景

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 末広町から平安町2丁目まで通されていた京浜運河(別名川崎運河)は、モータリゼーションの発展とともに昭和初期に埋め立てられた。弁天町と寛政町に渡された末吉橋のすぐ上流の箇所が、その埋め立ての末端である。
 土留めの鋼材がむき出しに埋め込まれているが、片方の壁面にだけ昔の堀の跡がかろうじて残されている。鶴見川の下流とは全く違う、穏やかな水がたゆたっている。傍に植えられた大きな桜の木がこれから花をつければ、その姿が水面に美しく映ることだろう。(絵:末広橋から上流を眺む。ここから反対側の河口に続く水路は現在「旭運河」と名前を変えている。)

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