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2007年8月15日 (水)

鶴見市場駅追突事故

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 昭和19年12月26日、午後8時20分、東京急行電鉄(現在の京浜急行)鶴見市場駅構内にて木造列車の追突事故が発生した。停車中の上り列車の後方より、上り品川行の列車が時速50mにて激突。後方列車の前輪は停車列車に25mほど乗り上げ、停車列車の3両目は右側に転覆大破、死者53人重軽傷者46人を出す大惨事となった。原因は後方列車の1両目の運転機械が故障したため、運転手(当時18歳)が車掌(当時19歳)を1両目に移し、2両目の運転台にて操縦していたことによる。灯火管制下、視野のきかないまま車庫入れを急ぐ運転手と、先頭車両の車掌との間に連絡がつくはずもなかった。このような後部車両による運転は当時しばしば見られ、加えて乗務員による信号安全の合図も励行されていない状況であった。当時の新聞でも「この事故は偶発的ではない」と糾弾されている。
 これほどの列車事故にもかかわらず、その記録は驚くほど少ない。『京急の駅 今昔・昭和の面影』『京浜急行百年史』には若干の記述があるものの、『鶴見区史』には巻末の年表にわずか一行。『環境・災害・事故の事典』(丸善株式会社出版)には、1874年以来270件近く載せられている国内の鉄道事故の年表に載せられていないのだ。
 戦争末期の灯火管制下、人員不足を象徴するような年若い運転手が引き起こした事故は、多くの悲惨な戦災に埋もれ忘れ去られてしまった。
(左:昭和19年12月28日、朝日新聞全国版(裏面)。事故は発生から2日後に新聞掲載された。紙面全体がすべて戦争記事であり、鉄道事故は裏面の下である。右:同日、朝日新聞神奈川版。「国防国体の活躍、事故処理に絶大な力」「物をいった氏名証、死亡食止めに衛生隊の功績」の文字が目立つ。)

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コメント

鶴見市場駅は時々利用します。12月26日に鶴見市場駅に下りることがあれば、足を止めてみようと思いました。

投稿: tune | 2007年8月17日 (金) 01時39分

その前日の12月25日には鶴見区にB29の空襲があったようです。当時は「鉄道事故どころではない」状況だったのかもしれませんが、遺族にしてみればたまらないですね。

投稿: tsurucoco | 2007年8月18日 (土) 09時44分

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